< SHIN > 本名:山内 伸(ヤマウチ シン) 1980年9月17日生まれ、A型、乙女座、静岡県掛川市在住

14歳よりドラムを始め、バンド活動を開始。


活動の中で、オリジナル曲を作ることに快感を覚え、16歳より自宅録音(宅録)を始める。


18歳より、地元の楽器屋「西尾楽器」からスカウトを受け、同楽器屋のドラム教室講師としての活動を開始。


大学在学中もバンド活動・ドラム講師を続け、卒業後、2006年に、仲間と共に合同会社マージナル・ゲートを設立、インディーズレーベル業を始める。


2010年の夏に、アフリカの太鼓「Djembe(ジャンベ)」との出会いをきっかけにアコースティックライブのサポート活動を始め、パーカッショニストとして本格的に活動を開始。


2013年1月より、ペルー発祥の打楽器「Cajon(カホン)」での演奏も始め、同年4月より、ジャンベとカホンを使った打楽器ワークショップ活動を開始。


現在、ドラム講師・ライブ活動を続けながら、レコーディングエンジニアやサポートドラマー・パーカッショニストとしてもその腕を振るう。


好きなジャンルは"J-POP"で、主に歌モノ系POP&ROCkを得意とする。


オリジナルを発信する地元ミュージシャンを応援します!!





1980年 9月17日 静岡県掛川市の山内家にて生を受ける。
3人兄妹の真ん中(姉・自分・妹)。名前「伸」の由来は、生まれた時期が秋であったこともあり「稲穂のようによく伸びて実って欲しい」という想いを込めて命名してくれたそうな。 他の候補には「稲作」や「米太郎」があったらしい・・・「伸」でよかった(笑)

1984年 掛川くるみ幼稚園入園〜卒園。


オルガン教室やピアノ教室に通うもすぐにやめてしまう。
が、おかげで簡単なドレミの知識が身につく。


園の行事「リズム発表会」で掛川生涯学習センターのステージに立ち、興奮する。


アニメ「ドラゴンボール」を偶然にも第1話から見始める。
今だに、修行をつめば、いつか「かめはめ波」が撃てる気がしている(笑)


将来の夢は何故か「バスの運転手さん」であった。

1987年 掛川中央小学校入学〜卒業。


現在となってはマニアックな、シャープ製のファミコン互換機「ツインファミコン(赤)」を買ってもらいTVゲームにハマる。次第にRPGにハマるようになる。 後の「PCエンジン」「メガドライブ」「ゲームボーイ」「スーパーファミコン」「NINTENDO64」時代までかなりのゲーマー少年であった。 特に好きなゲームはコナミの "火の鳥"、任天堂の "MOTHER" "ファイアーエムブレム" "ゼルダの伝説" シリーズ、エニックスの "ドラゴンクエスト" シリーズ、スクウェアの "ファイナルファンタジー" "Sa・Ga" "聖剣伝説" シリーズであった。


2つ歳上の姉と自宅のピアノでよく連弾して遊んだ。電子オルガンの楽譜でベースラインを弾いたことで、ベースの重要性を子供ながらに知ったような・・・気がする。


山内家で当時購入したCDデッキ(確か、Panasonic "SL-PS700")をオーディオアンプ(Technics "SU-Z36"、今だに使ってる)へ繋げたり、イコライザをいじったり、オーディオ機器等にも興味を示すようになる。クラシックや、母の影響で "姫神" のアルバム「姫神伝説」や "徳永英明" の「夢を信じて」をよく聴いていたのを憶えている。


サッカーが好きで、小5より、掛川のクラブチームに入りサッカーを始める。が、 掛川に出店されたばかりの「マクドナルド」のてりやきバーガーにハマり、お年玉をつぎ込む日々、一気にいわゆる肥満体型に・・・。マラソン大会の順位も下がる。

1993年 掛川西中学校入学。


中1の時、体重はそのままで身長が14cm伸び、いわゆる肥満体型から脱却する。ビバ成長期!!


大島司先生の漫画「シュート!」の中学編「シュート!〜蒼きめぐり逢い〜」の舞台である掛川西中学校サッカー部に入部(笑) 後に部長になる。小笠選抜チームに入り県外遠征に行ったりする程のサッカー少年であったが、あまり上手くはなかった。将来の夢が「Jリーグ選手」になる。


初めて自分の小遣いでCDを買う。初めて買ったCDは、"嘉門達夫"「替え歌メドレー3(完結篇)」、"ZARD"「負けないで」、"WANDS"「もっと強く抱きしめたなら」であった。同時に買ったポータブルCDプレーヤー(確か、Panasonic "SL-S330")で、ヘビーローテーションの日々が始まる。


TV「ミュージックステーション」を毎週欠かさず見るようになる。特に "Mr.children" "WANDS" "B'z" にハマる。以降、J-POP/ROCK系アーティストのCDを頻繁に買うようなる。


同級生仲間とカラオケにハマる。 当時のお気に入りは、"東野 純直"「君は僕の勇気」であった。

1995年 同級生仲間とバンド "Teens Walker(ティーンズウォーカー)" を結成。経験もないのに何故かドラムを担当すると言い出し、お年玉でドラムセットを購入、ドラマー人生が始まる。


バンド結成のきっかけは、「オケを自ら演奏することでカラオケ代を浮かそうぜ!!」的なせこい理由で、目標はミリオンセラー達成であった(笑)


最初のドラムセットは、イシバシ楽器のオリジナルブランド「Mavis(メイビス)」のドラムセット(確か¥29,800だったハズ)を通販で購入。学校から帰ると玄関にドでかいダンボールが並び、壁のようになっていたのを今でも思い出す(笑)


適当に買った教本がJAZZの本で苦労する(笑) 2冊目に買った教本に "米米クラブ" の「君がいるだけで」のスコアが載っており、家にCDがあったので、この曲の練習からスタートする。


自宅で、防音もしてないのにガンガン練習していたら、お隣さんが引っ越してしまったので、TPOを考え、練習場所を探すことに。メンバーの親父さんの事務所を借りられることになり、機材を移す。以降、スタジオ「小屋」と名づけられたその場所が "Teens Walker" 解散までの練習場所となる。自宅では練習パッドで構成されたトレーニングドラムを使って練習。


バンドでは、"Mr.children" のコピーを中心に "SPITZ" "BOOWY" "シャ乱Q" "B'z" 等を練習。初合わせの曲は "Mr.children" のデビュー曲「君がいた夏」であった。 "Mr.children" のドラマー "鈴木英哉" 氏に憧れ、14インチのフロアタムを追加し、1タム2フロアのセットになる。


バンド練習が本格化する一方、勝つための厳しいサッカー練習が辛くなり、部活引退を機に「Jリーグ選手」になる夢を諦め、以降「プロミュージシャン」を目指し、ドラム練習に燃える。

1996年 中3の終わりに初ライブを開催。"Teens Walker" と、同級生の "BOOWY" のコピーバンドの2組で、掛川西中学校大音楽室にて卒業ライブを行う。 演奏曲目は、全曲 "Mr.children" のコピー曲であった。あまりの緊張に頭真っ白。練習との違いを思い知る。


掛川工業高校 情報技術科に進学。


入学祝いに買ってもらったパソコンをいじり始める。 パソコンに詳しい1つ歳上の幼馴染といろいろあれあれこれこれして、パソコンについての知識が身についていく(笑)
ちなみに当時のパソコンのスペックは、確か・・・

NEC 5代目 "98MULTi CanBe" (PC-9821Ct16)
CPU:Pentium(166MHz)/ メモリ:16MB/ HDD:1.6GB/ OS:Windows 95

であった。今では考えられない数字・・・。科学の進歩ってスゴイ。




当時、軽音部と化していたギター部に入部。部内バンドで "The Ventures" や "THE YELLOW MONKEY" をはじめ、たくさんのコピーバンドを経験する。ギターやベースにも手を出す。 先輩のテクニカルなプレイ("Mr. Big" の「Green-Tinted Sixties Mind」のライトハンド奏法)に衝撃を受け、速弾きギタリストに憧れるようになる。 また、「少年ジャンプ」掲載の梅澤先生の漫画「HARELUYAII BOY」の影響で "GUNS N' ROSES" にもハマり、それ以降、洋楽ROCKも聴くようになる。"Mr. Big" のドラマー "パット・トーピー" 氏を師匠と崇め、教則ビデオを見ながら練習する。


同じクラスにド上手いジャズドラマー "Fukuda Koichi" 氏がおり、彼に追いつこうとひらすら練習に明け暮れる。現在の自分があるのも彼のおかげである。感謝m(__)m 全校集会約700人の前で、Fukuda氏とツインドラムでソロの回し合いをしたのを今でも強烈に憶えている(笑)


"Teens Walker" で掛川市内各地イベントで野外ライブを行うようになる。

1997年 掛川オレゴン研修に参加。掛川市の海外姉妹都市である「アメリカ オレゴン州 "ユージン市"」に約2週間滞在(内1週間はホームステイ)する。 異国の空気、日本語のない世界を味わう。


"Teens Walker" で「TEENS'MUSIC FESTIVAL'97 掛川地区大会」に、コピー曲で出場するも敗退。 オリジナル曲の重要さを思い知らされ、バンドでの曲作り・録音を始める。


当初使用MTRは「TASCAM "PORTA05"」。後に中古で「TASCAM "488"」を手に入れ、"Teens Walker" 終盤まではこの機材でレコーディング&ミックスすることになる。 当初から、各楽器ごとにテイクを重ねていく "バラ録り" を採用。一番初めに録るドラムは、とにかくメトロノームとの戦いであった。 ギター用のエフェクターをセンド/リターンに噛ましてリヴァーブをかけてみたり、ピンポンでトラック数を稼ぐ等々、試行錯誤の連続であった。


"Teens Walker" で定期的に、掛川の商店街での野外ライブや、各ライブハウス(「磐田FMステージ」や、現在はなき「相良町ROSSO」等)に出演するようになる。自前機材でのライブ活動が増える中、PAにも興味を持ち始める。 当時は、ELK社の縦長スピーカーをオーディオ用のアンプにつなげ、MTRをミキサー代わりに、使わなくなった小型のギターアンプをモニター代わりにしていた。


パソコンの授業で、音楽制作を選択し、初めて打ち込みでオリジナル曲を作る。制作環境は、Macパソコン(スペックは不明)に、インターネット社の「Singer Song Writer」、YAHAMAの外部音源モジュール、MIDIキーボード。あまりいい出来ではなかったが、これ以降DTM("デスクトップミュージック"の略、コンピュータでの音楽制作の総称)にも興味を持ち始める。


姉のお下がりでポケベル(テレメッセージの "ステラ")を使い始める。数字を自動でカタカナに変換してくれる優れモノ(笑) 打ち間違えてカナ変換できない数列の解読が得意であった(笑)


郵便局のアルバイトでお金を貯め、TAMAの "パット・トーピー" モデル・ステンレス・スティール・スネア "PS455" をエアーライドマウントシステムとセットで購入。以降 "K-ISSH" の終盤までこのスネアがメインとなる。

1998年 "Teens Walker" で「TEENS'MUSIC FESTIVAL'98 掛川地区大会」にオリジナル曲で出場、見事優勝を果たすも、東海大会で惜しくも敗退。 「浜松ジャパンオープン大会」「全国高校生音楽祭 静岡地区大会」等、他のいろんな大会に出場するが通過ならず。世間の厳しさを思い知る。


オリジナルのクオリティを上げるため、再びコピー曲練習も始める。バンド内で "LUNA SEA" "THEE MICHELLE GUN ELEPHANT" "BLANKEY JET CITY" 等が流行る。コピー曲数が個人的に練習した曲も含めて200曲を超える。オリジナル曲のバリエーションが増える。高校生ながらレコーディングに追われる日々が続く。


パソコンの授業で、ホームページ制作について習う。ごく簡単な入門程度だったが、HTML言語に興味を持ち、自分のパソコンで簡単なホームページを作り始める。


携帯電話時代到来の波に乗り、ポケベルから携帯電話に乗り換える。最初の端末は "J-PHONE" の「Panasonic/DP-145」であった。今も同じ番号を使っている(笑)

1999年 "Teens Walker" で、掛川のクラブ「Don't tell mama」にて卒業ワンマンライブを開催。
人生初のCDアルバム「Heart of Teens」を自主制作し発売する。SHINのオリジナルも3曲収録。


友人バンドのサポートで "My Little Lover"「Hello, Again〜昔からある場所〜」のギター、"Mr. Children"「Tomorrow never knows」のボーカルにも挑戦する。


掛川の「西尾楽器」よりスカウトを受け、ドラム教室の講師を始める。


愛知県豊橋市の国立豊橋技術科学大学 知識情報工学課程に奨学金制度を利用して進学。


何があったのか、突然、金髪になる(笑) ドラム講師の仕事を続けたかったのもあり、自宅からの新幹線通学が始まる。


同市の豊橋創造大学との共同軽音楽サークル「D7sus4」に入部。 サークル内バンドで掛け持ちしながら、"L'Arc-en-Ciel" や "METALLICA" "GOGO7188" "SHAKALABBITS" "BUMP OF CHICKEN" "SADS" 等、たくさんのコピーバンドを経験する。 ブラストビートや2バスがめっちゃ速い先輩、PAやレコーディングにめっちゃ詳しい先輩、気合が入ると女装してしまう先輩(笑) いろんな先輩に憧れ、そして学ぶ。


夏休みを利用して、普通自動車の免許を取る。当時、両親が乗っていたMAZDAの "BONGO" と "CAROL" を夜な夜な乗り回すようになる(笑)


知人の頼みで、浜松駅前でギター弾き語りの伴奏を始める。次第にソロでも弾き語るようになり、当時ハマり始めた "GRAPEVINE" や、バンドではなかなかできなかった "徳永英明" "WANDS" 等のカヴァーやオリジナル曲を歌い始める。 「目立つ・覚えてもらいやすい」という理由から赤パンを穿き始める。金髪&赤パンスタイルが確立する(笑)


"Teens Walker" で「TEENS'MUSIC FESTIVAL'99 掛川地区大会」に3回目の出場、見事優勝を果たすも、またも東海大会で敗退。世の中うまくはいかないねぇ・・・。

2000年 夏休みを利用して、工場の派遣のバイトでお金を貯め、当時最上グレードのRoland製電子ドラム "TD-10" (キック・パッド "KD-120" を搭載したばかりのセット)を購入。当時確か36万円であった。 約1年後、更なる上位グレード "V-Cymbal" 搭載モデルが発売された時は悔やしかったっけ(笑) 今でも自宅練習用として使っている。


浜松の弾き語り仲間で、バンド "Lillian Benson(リリアン・ベンソン)" を結成し、ドラムを担当。浜松のスタジオ「ミュージックライフサポート」よりアルバム「SEXY ONE」をリリース。1日で12曲録るという驚愕的なレコーディングを体験する(笑) 浜松のライブハウスや、現在はなき浜松のClub「エボニー」にて定期的にライブを開催するも、メンバーの都合で、活動は徐々にフェードアウトに。。。


"Teens Walker" で「磐田FMステージ」にてワンマンライブを開催。


メンバー脱退のため "Teens Walker" の解散が決定する。残ったメンバーで "K-ISSH(キッシュ)" の結成を決意。曲作りを開始する。

2001年 磐田FMステージにて "Teens Walker" の解散ライブを開催。同ライブの中で "K-ISSH" としてもオリジナル曲を初披露し、活動を開始する。


MTRがRoland "VS-840EX" に変わる。デジタル時代の到来である。以降、"K-ISSH" の終盤までこの機材でレコーディング&ミックスすることになる。


自宅でのインターネット(当時はISDN)の導入に伴い、ホームページ「K-ISSH Official Website」を開設。以降、ホームページ作成の技術を磨く。今だにエディタでタグ打ちスタイル(笑)


"K-ISSH" デモテープ「Demo#1」配布開始。
パソコンを使った、ジャケット等のデザインも担当するようになる。


"K-ISSH" デモCD「CIDER」配布開始。


「山口かつみ」先生の漫画 "オーバーレブ!" のアイカさんに憧れて、HONDA "CR-X(EF7)" に乗り始める。峠を攻めるフリを楽しむ(笑) 車での通学が始まる。往復120kmを走る毎日、長距離運転に慣れる。当時は、磐田・浜名バイパス共に有料であった・・・(泣) "MISIA" や "PUSHIM" "BLANKEY JET CITY" の「ガソリンの揺れかた」をよく聴いていた記憶がある。


"K-ISSH" オムニバスCD「MLS OMUNIBUS vol.1」に参加。


"K-ISSH" で県外や都内でもライブ活動するようになる。東京の都会さにはしゃぎまくる(笑)

2002年 "K-ISSH" で、FM Haro!「Music Now」に出演。生まれて初めてのラジオ番組出演を経験する。


"K-ISSH" 1stミニアルバム「サスライ」発売。SHINのオリジナルも1曲収録。

2003年 "K-ISSH" 2ndミニアルバム「Bunch of Flowers」発売。SHINのオリジナルも1曲収録。

2004年 大学の実務訓練(インターンシップ)のため、バンド活動を一時休止し、約2ヶ月間、東京で一人暮らしをする。 国立に住み、新宿の企業に通う日々。仕事帰りに、歌舞伎町の練習スタジオでよく個人練習をしていた。 新宿駅のストリートライブでジャンベの演奏を聴き、興味を持つ。東京ではしゃがなくなる(笑)


"K-ISSH" ベーシスト脱退のため、「録音済ベースに演奏を同期させる」新形式で新たな一歩を踏み出す。 クリックに合わせながらのライブ活動で、テンポキープ力が鍛えられる。


浜松のバンド "MOUSHI(モウシ)" のサポートドラマーとしてライブに参加。
デモCD「心」配布、レコーディングにも参加。


大学を5年半かかって卒業。お父さん、お母さん、ごめんなさいm(__)m
就職せずに、ドラム講師を続けながら音楽活動する道を選択。自営の道を模索し始める。


映画「バッファロー'66」の挿入歌 "イエス"「Heart of Sunrise」に衝撃を受け、プログレに興味を持ち始める。


"K-ISSH" デモCD「夏のかほり」配布開始。

2005年 "K-ISSH" 1stフルアルバム「LEGEND」発売。
初めてのCDプレス作品、市販品と同等のクオリティに感動する。流通網に乗せるため、個人名義でバーコードを取得。 レーベル名は "接吻堂" であった(笑) 個人で、インディーズのディストリビューター(問屋)と契約を試みるも、実績不足で叶わず。CDの流通を泣く泣く断念。


メンバーの音楽活動の方向性の違いから "K-ISSH" 解散。
上京するか、静岡に留まるか・・・
迷いに迷った結果、地元を拠点に音楽活動を続けていくことを決意する。


2人組アコースティックユニット "音♪" のCD「走れトレイン」にドラムで参加。
レコーディング&ミックスも担当。


"MOUSHI" に正式加入。デモCD「MOUSHI」配布開始。


掛川のレンタルCD屋「RIKI」が閉店。プログレのCDを買い漁る。
"King Crimson" "Pink Floyd"にハマる。

2006年 "MOUSHI" 1stミニアルバム「ヒトツノカケラ」 発売。


仲間と共に "合同会社マージナル・ゲート" 設立。
ディストリビューターと契約し、念願のインディーズレーベル業を開始。
レーベル名は「MAZIGE Records」。


"MAZIGE" 静岡発のインディーズ音楽配信サービス「MAZIGE」開始。
以降、2010年1月末まで配信サイトを運営。


"MAZIGE" 静岡のアーティストを応援するネットラジオ番組「マジなRadio2.0」配信開始。
(今はサービス終了。)


磐田のバンド "Sharp(シャープ)" のサポートドラマーとしてライブに参加。


"MOUSHI" ネットラジオ番組「MOUSHIのげっぱちGo!Go!」週1ペースで配信開始。
録音&編集も担当。

2007年 "MOUSHI" 1stシングル「絆」MAZIGE Recordsより全国発売。DAMよりカラオケ配信開始。


"MOUSHI" 浜松FORCEにて2マンライブを開催。2マンライブ特典としてDVD「絆 SPECIAL VIDEO CLIP」を配布。同DVDの動画編集を担当。


映像編集にも興味を持ち始める。
バンドのPR用映像や、知人の結婚式用映像等を製作するようになる。

2008年 "MOUSHI" 2ndシングル「さよならの言葉」MAZIGE Recordsより全国発売。DAMよりカラオケ配信開始。


"MOUSHI" オムニバスアルバム「Material songs」に参加。


"MOUSHI" オムニバスアルバム「QUARTER ORANGE」に参加。


"MOUSHI" オムニバスアルバム「QUARTER GRASS」に参加。


"MOUSHI" 浜松FORCEにてワンマンライブを開催。ワンマンライブ特典として、スペシャルシングルCD&DVD「光」を発売。同特典のレコーディング、ミックス、動画編集を担当。

2009年 MAZIGE Recordsより、浜松のバンド "Gift" の1stシングル「蜃気楼」全国発売。
レコーディング&ミックスを担当。


"MOUSHI" 3rdシングル「虹」MAZIGE Recordsより全国発売。


弾き語りアーティストの録音サポートを開始。
浜松のシンガーソングライター "あきひろ" 、現Rayneedsギター&ボーカルの "洋-HIRO-" らのレコーディングを努める。


"あきひろ" DVD「あきひろ・愛」のBGMにレコーディング&ミックスしたテイクが使われる。


"MOUSHI" 4thシングル「夏の日射し」MAZIGE Recordsより全国発売。


"MOUSHI" ネットラジオ番組「MOUSHIのげっぱちGo!Go!」が、FM Haro!(76.1MHz)のレギュラー番組としてオンエア開始。

2010年 "MOUSHI" 1stフルアルバム「story」MAZIGE Recordsより全国発売。


以前から興味があった「ジャンベ」が通販サイトに格安で載っていたので衝動買いをする(笑)
ひたすら個人練習するも、しばらくは倉庫に眠る。。。


「掛川駅前サンクン広場」にて "Heart Warm Company" のサポートで初のジャンベライブ。
ライブがあると練習にも精が出る!! ジャンベ人生が幕を開ける。


「掛川を音楽の街に!!」の大儀の基、"Heart Warm Company" の石神氏と共に「掛川音楽倶楽部」を設立。 副代表を務める。以後、掛川各地でのライブイベントに関わるようになる。


"MOUSHI" で「島村楽器HOTLINE2010コンテスト」に出場。
中部FINALに進出、名古屋クアトロでライブ。惜しくも通過ならず。


掛川駅地下連絡道にて "洋-HIRO-" とジャンベで初セッション。


MAZIGE Recordsより、浜松の女性ユニット "L8'bee(レイトビー)" の1stミニアルバム「8 〜eight」を全国発売。 同CDのPR動画制作を担当。


"MOUSHI" 2ndミニアルバム「飛行経路」MAZIGE Recordsより全国発売。


"MOUSHI" 浜松FORCEにてワンマンライブを開催。
ワンマンライブ特典として、スペシャルシングル「サバイバル」を発売。

2011年 掛川のミュージックバー「CombiU(コンビツー)」で開催された "洋-HIRO-" のライブでサポートジャンベを叩く。


現在はなき掛川の喫茶店「バンバン」でアコースティックライブを開催していることを知り、ジャンベを担いで、ちょくちょく叩きに行くようになる。
"P.C.D(PAPER CRAFT DREADNOUGHT)" ボーカル&ギターの "喜貴" ともココで出会う。


東北の震災の報を受け、やりたいことがあるのならできる時に挑戦しよう!と決意し、 シンガーソングライター"洋-HIRO-"と共に、地元掛川で "Rayneeds(レイニーズ)" 結成。 掛川ならここの里「桜まつり」にて初ライブを行う。


浜松福祉交流センター大ホールにて、マージナル・ゲート主催の2マンコンサート「Fine Day Concert 〜 L8'beeでMOUSHIなイチ日 〜」を開催。


"Rayneeds" 1stシングル「DARS」発売。


"MOUSHI" で「島村楽器HOTLINE2011コンテスト」に出場。
再び中部FINALに進出するも通過ならず。


"Rayneeds" 2ndシングル「絆」(JA静岡青壮年連盟創立60周年記念テーマソング)を全国発売。


諸事情により "MOUSHI" 脱退。


"Rayneeds" 藤枝Sugar&Spiceにて初のワンマンライブを行う。


"Rayneeds" 御前崎市民会館ホールにて初のホールワンマンを行う。


"Rayneeds" 掛川「みどり茶屋」とのコラボレーション緑茶「Rayteads(レイティーズ)」販売開始。

2012年 "Rayneeds" スペシャルシングル「とうもんの風」(とうもんの里5周年記念テーマソング)を発売。


"Rayneeds" 静岡デザイン専門学校とのコラボレーションCD、3rdシングル「BLUE」を全国発売。


"Rayneeds" 掛川美感ホールにて2回目のホールワンマンを行う。


"Rayneeds" 1stミニアルバム「Spiral」を全国発売。


"Rayneeds" スペシャルシングル「ハッピーサンバ」(婚活フェスタ公式テーマソング)を全国発売。 リリースする音源としては初の、打ち込みバンドアレンジによるオケ作りに挑戦。


"Rayneeds" 掛川の演劇集団「es」公演「ひとつの短編集」テーマソング「たったひとつの短編集」の作曲。ジャンベを担当。


"Rayneeds" 掛川のよさこいチーム"彗宙華(すいちゅうか)" オリジナル曲「おいで茶のまち」の歌入れ&「茶処掛川」の楽曲製作。 「おいで茶のまち」では、合いの手、レコーディング&ミックスを担当。 「茶処掛川」では、合いの手、打ち込みによるオケ作り、レコーディング&ミックスを担当。

2013年 知人から「Cajon(カホン)」を譲り受けたのをきっかけに、カホンでの演奏活動を開始。


"Rayneeds" 掛川生涯学習センター大ホールにて「Rayneedsコラボレーション・ワンマンライブ」を開催。


「西尾楽器」でジャンベ&カホンのパーカッション教室も開始する。


掛川の野外イベント「友引ストリートカフェ」にて、打楽器ワークショップを開催。 以降、いろんなイベントでワークショップを開催するようになる。


Rayneeds×石神農園 オリジナルブレンド緑茶「Rayteads(レイティーズ)」のウェブCM製作に挑戦。演者・監督・編集を担当。


浜松・掛川の男女音楽ユニット "Spoon" のミニアルバム「two」収録の "Lan Lan Lalala(2013)" にジャンベで参加。


掛川のアーティスト "☆TARK" のシングル「茶っと飲みない」にカホンで参加。レコーディング&ミックスも担当。


浜松・掛川のロックバンド "P.C.D(PAPER CRAFT DREADNOUGHT)" のライブにドラムで参加。


"Rayneeds" 掛川商工会議所 ジュニアエコノミーカレッジ テーマソング「making」製作。
ジャンベ、レコーディング&ミックスを担当。

2014年 SHIN YAMAUCHI OFFICIAL WEBSITE(当サイト)を開設。


菊川のよさこい・ダンスチーム "炎衆北斗" の曲「パラダイスKIKUGAWA」のオケ製作を担当。


磐田出身のシンガー "小出鮎美" 主催イベント「irie music Cafe」にて打楽器ワークショップを定期開催。 同イベントにて、小出鮎美(Vocal)、伊藤真司(Guitar・Vocal)のユニット"en's"のバックでパーカッションも定期演奏。


藤枝のバンド "SHAKA2" のライブにパーカッション・ドラムで参加。


静岡のJ-popユニット "Mi-CO" の曲「夏色七色everlastin'」のレコーディングにジャンベで参加。


Rayneeds出演の "オムライス「EGG BOARDS」店頭CM" のスライドショーを製作。同CMのテーマソング「エッグボードのテーマ」のレコーディング&ミックスも担当。


浜松のアコースティックユニット "tomatoc" にパーカッションで加入するも、6月に惜しくも解散。


浜松のユニット "LILLY&TAKU VAMOS NAGAI" のライブにジャンベで参加。


静岡のシンガーソングライター "ZilL" のライブにカホンで参加。


藤枝のバンド "アコm's" のライブにジャンベで参加。


ウィンドアンサンブルユニット "The Wind Tales" のライブにカホンで参加。


"☆TARK" シングル「情熱のシンガーコントライター」にジャンベで参加。レコーディング&ミックスも担当。


菊川のバンド "華麗衆" のライブにパーカッションで参加。


「掛川Music Stream in つま恋」にRayneedsで出演。


"Rayneeds" 2ndアルバム「Sunny and Rainy」をライブ会場限定で発売。


"PCD" シングル「MONSTER RODEO」にドラムで参加。


焼津出身のシンガーソングライター "yosu" のワンマンライブでドラムを担当。


"鈴木NG秀典ーだー。" のアルバム「僕KING、ボクSING。」にて、1曲だけカホン&レコーディング&ミックスを担当。


"Spoon" のライブにカホンで参加。

2015年 音楽プロジェクト"Spoon" の正式サポーターとして、ドラム・パーカッションでのサポート活動を開始。


"Spoon" のミニアルバム「GROOVY na MUSIC♪」にドラムで参加。


島田市出身のシンガー "HIROKO" の1stアルバム「願い〜そしてみすゞ」にRayneedsとしてジャンベで参加。レコーディング&ミックスも担当。


菊川市のご当地アイドル "LOVE MOLODY" の1stシングル「少女時間」のオケ制作、レコーディング、ミックスを担当。


音楽活動の方向性の違いで "Rayneeds" 解散。


掛川ドラムサークル研究会「RHYTHM QUEST♪」の活動サポートを開始。


掛川市出身、東京や静岡県で活動中のキーボード弾き語りシンガーソングライター "福田友里恵" のシングルCD「Natural」に収録されている "tie" のレコーディング、ミックスを担当。


"☆TARK" シングル「情熱のシンガーコントライターU」にジャンベ&カホンで参加。レコーディング&ミックスも担当。


菊川のオヤジバンド "THE OASIS" のライブをドラムでサポート。


掛川社会福祉協議会公認ソング「だいすきキョーちゃん」のオケ制作、レコーディング、ミックスを担当。

2016年 "Spoon" のアルバム「スペイシーな少年とせつなガール」にドラム&パーカッションで参加。レコーディング&ミックスも担当。MUSIC VIDEOにもちゃっかり参加。


菊川市のご当地アイドル "ミルキー☆メロディ" が歌う「ダンシングきくのん」のオケ制作、レコーディング、ミックスを担当。 「ダンシングきくのん〜菊川のみんなでダンシング!Ver〜」の動画制作も担当。


"Spoon" のグッズCD「スプボン&ドラマチック2016」にドラムで参加。レコーディング&ミックスも担当。


"Spoon" のシングル「片想い」にドラム&パーカッションで参加。レコーディング&ミックスも担当。


浜松市を拠点に活動中のシンガーソングライター"伊藤真司" の無料配布シングル「free disk」のレコーディング&ミックスを担当。


3人組アコースティックグループ"Saturate M-サチュレム-" のミニアルバム「First Saturation」のレコーディング&ミックスを担当。


"Yurie Fukuda" のミニアルバム「one day」にドラムで参加、レコーディング&ミックスも担当。


2017年 "ミルキー☆メロディ" のアルバム「銀河系プリンセス」のオケ制作、レコーディング、ミックスを担当。


自身の新婚旅行の様子をドキュメンタリー化した映像作品 「SHINとMIKAのカンボジア旅行記〜遺跡巡りの旅〜」をYoutubeで公開。


シンガー "ERIKO" のライブをPAでサポート。


SHINの嫁である"micah" をモデルにした写真展「micah展」が名古屋で開催。micahのプライベート映像を編集した映像作品を出展。


シンガー "大須賀健ニ" のライブをカホンでサポート。


"Spoon" のシングル「夢のオン★ステージ」にドラム&パーカッションで参加。レコーディング&ミックスも担当。


掛川納涼祭にて12年振りに "K-ISSH" でライブを行う。



"Spoon" のシングル「ポテト」にドラム&パーカッションで参加。レコーディング&ミックス、ミュージックビデオの編集も担当。



現在に至る




 
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